究極完全体!ズッキーニ・チーズ

多くの人々が日々「うまい料理」を極めるべく、料理の腕を磨いている。しかし、大半の人間は技術を磨く人間ではなく「いかに安く、手軽に、うまい料理を食べるか」を考えているだろう。この記事はそんな命題に一つの答えを与えるものである。

 

 

カンタンに言うとね、

 

ズッキーニにチーズ乗っけたやつめっっっっっっっっっっっちゃうまい。

 

正直、これを食べるまで僕はズッキーニをなめていた。ズッキーニ?あぁあのキュウリっぽいやつね。なんかガンダムにそんな名前のやついたよね。味?なんかあれでしょ、じゅくじゅくした感じの。

 

そんな勝手なイメージを丸めてゴミ箱にポイする日が訪れようとは、このときはまだ知る由もなかった。

 

今年は、某所の共同市民農園の一角を借りて畑を作っている。日頃から畑作業をきっかけに会話が生まれ、頼まずとも上手な畑作りの方法を教えてくれるおじさんおばさんと出会える、大変、大変心温まる空間だ。自分の農地から生まれる収穫物以外でも、心が豊かになるとても素敵な場所である。

 

8月になると近隣の畑で収穫が始まり、自分たちで食べきれない野菜の譲渡や交換が始まる。僕がズッキーニを手に入れたのも、そんな折だ。

 

家族と一緒に農作業道具を持って畑に入ろうとした瞬間、おばちゃんがおもむろに発声した。

「ズッキーニ、いる?」

初対面である。正確には、あ、数区画離れた畑のおばちゃんだくらいの認識はあったが、まともに話したのはこの日が初めて。僕は驚きつつ、野菜の必要性を尋ねる言葉が会話の初手として成立するこの空間の偉大さを感じた。

 

このとき、僕は先のような先入観を持っていたので、回答に困った。驚くべきことに、我が家はズッキーニを進んで食べる習慣がなかったのだ。

「あっ、ズッキーニですか!えーっと、どれくらいの大きさですか?」

とりあえず現物のイメージを掴みたかったので、おばちゃんに聞き返す。これだよ、と手渡されたものに驚いた。

 

なにこれ?配管?自分の手に乗っているのは、ラップの芯ほどの長さ、250mlペットボトルほどの太さのある鉄パイプ、いやズッキーニだった。重い。艶のある、美しい深緑色も相まって、重量感がすごい。あまりの重量感に、頭の中でティンパニが鳴った。大量の水分を含んでいることが持った瞬間に分かるほど、実際重かった。

 

「いろいろ美味しい食べ方はあるけどね、温かいうちに食べないとだめよ。輪切りにして、片面焼いてたら裏返して、チーズを載せて焼いて食べると美味しいよ。温かいうちに食べないとだめよ。美味しくなくなっちゃうからね。ピザソースをかけると美味しいよ、でも温かいうちに食べないとだめだからね。気をつけてね。」

 

ズッキーニを作られた経験が豊富なのだろう。おばちゃんはズッキーニを手渡すやいなや、食べ方を伝授してくれた。

 

夕飯、さっそく家族が聞いた通りに作ってくれた。いい塩梅に焦げ目がついた輪切りズッキーニの上に、これまたいい香りが湯気に乗ったチーズがてらてらと光る。

 

いただきます!ばく。

 

 

 

 

 

あっ

 

 

 

 

ああっっっっっ

 

 

 

あああああああイタリアーーーー!!!!!!イタリア建国!!!!!!

 

 

庶民オブ庶民を自称する我々家族の感性を象徴するかのような言葉選びだが、そんな言葉が脳裏をよぎった。イタリア料理ってなんかこう、こんなんだよねーーーーー!!!

 

驚くべきはそのジューシーさである。某首相顔負けなほど「ジューシーですね」と言いたくなる、それくらいジューシーだった。ひと噛みするたびにアツアツの果汁が滲み出る。その水っぽさを補って余りあるチーズの甘みと香り。ピザソースの味。パリッと皮を割った後にじゅわっと歯を包む食感も楽しい。

 

作ってくれた家族に失礼のないように表現したいが、これはズッキーニをただ輪切りにして、両面焼いて、チーズのっけてピザソースをかけただけである。簡単!!!だのに!だのにうまし!!!これは一つの人類の到達点である!!!!!やったーーーーー!!

 

「本当にうまい料理とは、決して食べ終わりたくない料理である」

 

これは僕の考えで、このズッキーニ・チーズ(仮称)は、まさしくそんな料理の一つだった。

ありがとうおばちゃん!うちのトウモロコシ、うまく出来たら差し上げますね!!!

 

 

 

写真は??

あわせて読みたい

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です