【自然観察】もどりの道【コラム】

こんにちは!isakumaです。

「自然観察」のコーナーでは、僕の日頃の自然観察の模様をご紹介しています。

 


今日は生きものの紹介ではなく、原風景についてのお話です。

 

原風景とは、人が幼い頃に見た景色のうち、大人になっても時折思い出すような、印象深い風景のこと。何らかの原体験とセットで記憶に残っている風景のことを指すこともあるのだそうです。

 

僕は関西の、ある山の麓の住宅街で育ちました。住宅街の裏手には県境の山があって、1時間半ほど歩いていけば山のてっぺんに到着でき、都会を見下ろすことが出来ます。このてっぺんへと至る道が、僕の原風景のひとつなのです。冒険という原体験とセットになった、大切な風景なのです。先日帰省したときに写真を撮ってきました。

この道は確かにてっぺんへと人を導いてくれるのですが、山登り用のハイキングコースのようなある程度歩きやすい道ではありません。まず、基本道幅は1m前後しかありません。そして、ある場所は岩がゴロゴロむき出し、ある場所は小さな沢と一体化していて、さらに道の左右にイノシシが通り抜けたあとがたくさんある、そんなワイルドコースなのです。少なくとも、団体が通ることはあまりない道なのでしょうね・・・。山肌の集落にお住まいの方だけが利用する道だったりして・・・。

この道、僕が中学生の頃に犬を連れて(犬の散歩で)何度も通った道なのです。

とはいえ、道順をきちんと覚えているわけではなく、いつもいくつかの分岐を進んでは戻るという作業を繰り返しながら進みました。

「まぁ、たぶんてっぺんまでいくでしょ」という僕のフワフワっとした考えが、手綱を伝ったのでしょう、いつだってウチの犬はどこか不安げな表情を浮かべてい(るように見え)ました。

険しい道のりを、こっちか?それともこっちの道か?と、全身のセンサーをフル稼働させて、安全を確保しながら進む。ちょっとしたことではありますが、中学生一人と犬一頭。僕にとってはちょっとスリリングな冒険でした。

先日帰省したときにこの道を久しぶりに発見できた(5年ほど見失っていました。。)ので、歩いて山を降りてみました。僕はいい年になったとはいえ、もう犬はおらず、一人だけです。トレッキングシューズで岩肌をとらえながら急な斜面を降りていく感触を楽しみつつ、イノシシが出てこないよう祈りつつ、喜びと恐怖が入り混じった奇妙な感覚を感じながら進んでいきました。

下山に集中していると、いつのまにやら思考が鈍くなり、足の裏の感触や鼻を通る土の匂いで、山道をはっきりと感じているはずなのに、どこか夢見心地のような気分になりました。そして、小学生~高校生のころの思い出が次々に脳裏をよぎっていき、今の今まで忘れていたクラスメイトの名前を思い出すといった具合に、思い出が自分の頭の中に溢れかえりました。

山道の分岐に差し掛かったとき、足をとめて息を整えると、思い出の氾濫が一旦止まり、現実感が戻ってきました。水分をとって大岩に腰掛けてみた時、「じつは、北海道の十勝に暮らしている自分の存在のほうが、実は夢だったりして・・・。」そんな風に思いました。あとになって思えば、強い集中力で原風景にどっぷり使ったことが、思い出の氾濫を引き起こしたのかもしれません。ほんの一瞬ではあったけれど、下山中のほんの数分間は自分自身が「中学生に戻った」ような錯覚を覚えました。

自分にとっての原風景が、今もまだ地元に残っているという事は本当にありがたいことです。また「戻り」に帰りたくなる。そんな場所です。

isakuma

五感で身近な自然を味わって暮らすひと。北海道・十勝に生息。こだわりなく、生きもの全般が好き。博士(農学)。専門はエゾシカの生態。趣味はバードウォッチング。自然観察指導員(日本自然保護協会NACS-J 会員 )。暮らしを楽しくする自然観察を広めることが夢です。ポリシーは「健康第一」。

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